ヨーロッパとアジアの架け橋、イスタンブール


本日は写真たくさん。
観光地解説で行きます。

openの時間である8:30にスルタンアフメットジャーミーの内部に潜入。

スルタンアフメットジャーミー
スルタンアフメットモスクは旧市街の見どころの1つ。

1609年から7年半かけて建造されたそう。

内壁にある2万枚以上のイズニックタイルは青を主体としており、別名ブルーモスクとも言われている。

昨日夜に見に行ったあのモスクである。
イスタンブールの象徴ですね。

そのすぐ近くにある
アヤソフィア

前記事で紹介したように、元々はこの地を東ローマ帝国(ビザンツ)が支配していた時代に作られた。(360年)

ビザンツ建築の最高傑作とも称される。


もともとはギリシア正教の大本山として崇められていた。

しかし、コンスタンチノープル陥落後は、オスマン帝国時代にメフメット2世によりモスクに変えられた。

その為、1700年代に塗りつぶされたキリスト教系のモザイク画は20世紀まで発見されなかった。

現在ではキリスト教のモザイク画、メッカの方向を示すミラフーブなど、2つの宗教様式を見ることができる



そのすぐ近くにある
地下宮殿

この地下宮殿は謎が多く、4-6世紀のコンスタンティヌス帝の時代に作られたと言われている。

水はアタテュルク大通りにかなるヴァレンス水道橋(後に登場)からここに引かれ、トプカプ宮殿(後に登場)などで使用されていたという。

1番奥にはメデューサの頭がある。

余談中の余談だが、アサシンクリードではマシャフの鍵の1つがここにある。


続いては
トプカプ宮殿

トプカプ宮殿はオスマン帝国の時代にスルタンの居城として約400年もの間、政治や文化の中心であった。

中には議会やスルタンの居室、側室の女性たちの部屋、ハレムなどがある

スルタンが見ていたであろう景色


その後はトラムヴァイ(路面電車)で新市街に移動

しばらく歩くとそこにはガラタ塔が見えてくる。先ほどのスルタンが見ていたであろう景色にも写っている。

ちなみに、前記事のサバサンドの写真にも写っている。

旧市街の景色が一望できるが、混んでいたのでやめた。

こんな景色らしい。


ちなみに、1632年にヘザルフェン・アフメット・チェレビーがこの塔からグライダーのような翼を持って塔から飛び立ちアジア側まで飛んだという逸話がある。
映画化もされているらしい。


そして、そこから北にあるタクスィム広場に向かうまでの道は
イクティクラール通り
この辺りはベイオウルと言われるエリアでイスタンブールでもハイセンスな地区として名高いとのこと。

タクスィム広場から地下鉄で南下し、旧市街西へ。

そこには心安らぐ
スュレイマニエ・ジャーミー
オスマン帝国が最も反映した時代に作られた。(1557年に完成)
オスマン建築の代表とも呼ばれている。

これだけ見ると、モスク慣れして来ます?
実際見ると圧巻でそれぞれ違くて首が痛くなるほど見惚れてしまうんですよ。

そこから西へ行くと先ほど出てきた
ヴァレンス水道橋

ヴァレンス水道橋はコンスタンティヌス帝の時代に建設が始まり、378年に完成した。

そんな時代にどうやって作ったのか。


グランドバザール近くには
ヌルオスマニイェジャーミー

誰もいずひっそりとしていた。

イスタンブール歴史地区は世界遺産に登録されています。

もう少し写真盛りだくさんで投稿しようと思ったけど、owndは1投稿につき画像20枚までの制限があるみたいなので、これにて簡単にイスタンブールのまとめとします。

少しは魅力が伝わりました?

2017/9/17、イスタンブール旧市街

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2024/6月現在 山梨にいます。たまに東京、長野